TOP SECRET
先日、銀座のとあるバールにて。
僕はエスプレッソをシングルで注文し立ち飲みポーズを決めながら、
ノーベル賞の選考委員とテーブルを囲んだ。
「最近どうしてた?」などお互いの近況や身の周りで起きたこと、
お互い共通の友人が結婚した、又は破局した、又はそれにまつわる
噂話や世間話などなど。
デミグラスカップの3/1程度に入ったエスプレッソを僕らは一口で
飲み干してしまったが、店を出るにはちょっと早すぎる気がしたので、
僕らは会話を続けた。
「昔、こんな夫婦がいたんだ。」
と、彼は話し始めた。
「あるところに、誰もが羨むとても幸せそうな若いカップルがいた。
彼らは近所でも評判になるほどの素敵なカップルで、彼らの結婚式には
町中からたくさんの人が集まり、人々は心の底から彼らを祝福した。
そして彼らお互いの家族、友人はもちろんのこと、ご近所の方々、町中の
人々がこの夫婦に子供が産まれることを待ち望んだ。
しかしそれから数年、数十年。
何年経っても夫婦に子供は産まれない。
お互いの家族、友人、ご近所の方々、町中の人々は不思議に思った。
「なぜ子供が産まれないのだろう?」
と不信に思った。
そのうち、この夫婦間にある「密約」が存在する噂が流れた。
それは“もたず、つくらず、もちこませず”という三原則からなっていて、
この密約に合意する夫婦の署名が書かれた機密文書も存在する、
と噂された。
彼らお互いの家族、友人、ご近所の方々、町中の人々は、最初この密約の
存在を否定した。
「あの夫婦に限って、そんな密約を結んでいる訳がない」と、誰もが思った。
「その密約は、あの夫婦の幸せを冒とくするものだ。“もちつ、もたれつ”
な素晴らしい夫婦なのに!彼らの幸せな家族平和を否定するのか?」
しかし、一度噂された事実は消えることはなく、密約が存在するという
疑念が残ったまま月日は流れ、結局この夫婦に子供が産まれることはなく
彼らは生涯を終えた。最後まで仲睦まじい夫婦だった。
その後、夫婦の自宅からかねてから噂されていた機密文書が発見された。
それには、「それを決して望んでいる訳ではありませんが、有事の際に
この密約は「幸せ」の名の元に適用され、実行される」とあり、三原則に
合意する夫婦の署名が記されていた。
また、その裏面には
「まったくもって余計なお世話だ。10回目の結婚記念日を祝して」
という一文が走り書きされていた。
この文書の発見は、彼らお互いの家族、友人、ご近所の方々、町中の人々に
とって核爆弾並みの衝撃だった。
誰もが夫婦の平和を望んでいたにも関わらず、それを「裏切る」ような密約が
存在していたとこに皆ショックを受けた。
現在も、この夫婦の墓石に花は絶えない。
「そんなこともあって、僕は誰にノーベル平和賞を与えるか迷っている」
彼は2杯目のエスプレッソを飲み干して静かにそう言った。